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前橋地方裁判所 昭和43年(わ)76号 判決 1968年6月21日

主文

被告人を懲役六月に処する。

但し、この裁判確定の日から四年間右本刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中、被告人が警察署の警察官に事故発生の報告をしなかったという点については被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和四三年三月一〇日午後六時五〇分頃群馬県北群馬郡小野上村大字村上三、二九九番地先県道上を、普通貨物自動車(群四ひ三、〇五六)を運転して時速約四〇キロメートルで中之条方面から渋川方面に向けて東進中、同日午後二時三〇分頃から四時三〇分頃までの間友人宅で飲んだ酒の酔が廻り、前方を十分注視して道路の安全を確認する等正常な運転ができなくなったのであるが、このような場合自動車の運転者としては、直ちに運転を中止する等事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り漫然と前示速度で進行した過失により、おりから同所交差点で右折するため一時停止していた角田一夫運転の軽四輪自動車(群く一四一八)を前方約一三メートルの至近距離で初めて発見し、慌てて急制動の措置を講じたが及ばず自車前部を右軽四輪自動車の左後部に追突させ、よってその衝激により同人に対し全治約四二日間を要する鞭打ち損傷の傷害を負わせ、

第二、前記日時場所において、呼気一リットルにつき一・〇〇ミリグラム以上のアルコール分を身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で前記自動車を運転し、

第三、前記日時場所において、右交通事故により角田一夫に傷害を負わせたのに同人を救護する等必要な措置を講ぜずに逃走し、

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、行為時においては昭和四三年法律第六一号刑法の一部を改正する法律による改正前の刑法二一一条前段罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては改正後の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、同第二の所為は、道路交通法六五条、一一七条の二・一号に、同第三の所為は、道路交通法七二条一項前段、一一七条にそれぞれ該当するところ、業務上過失傷害罪については禁錮を、酒酔運転と救護義務違反の各罪についてはいずれも懲役をそれぞれ選択し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第三の救護義務違反の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により刑の執行を猶予するのを相当とみとめるので、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右本刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中、被告人が本件事故について所定の事項をもよりの警察署の警察官に報告しなかった点につき、検察官は道路交通法七二条一項後段の報告義務違反に該当すると主張する。

そこで判断するに、角田一夫、被告人の当公判廷における各供述および被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、判示第一の事故の発生後被告人及び角田一夫は速やかに自動車から下車して互いに言葉を交わしたあと、目撃者の忠告に従って右角田が事故の発生をもよりの警察署に報告するため現場附近の雑貨商伊藤久夫方に立寄って電話を借り右の報告をしたこと、および被告人は右角田が警察に事故の報告をすることを知って角田の後から右商店に入り角田が警察に電話をかけている途中で自宅に逃げ帰ったことが認められる。

ところで同法七二条一項で運転者らに救護報告の義務が課せられているのは同条項が交通事故発生の場合に被害者の救護および交通秩序の回復等のため緊急を要する応急措置をとらせることを規定したものであるから、本条の報告は事故発生の事実を客観的立場から当局者に通知することに重点があると解するべきである。

従って、報告義務の発生には事故について当該運転者に故意過失のあることは必要でなく、又第三者等が既に報告しているため再度報告しても独自の意義をもたない場合には報告の義務は消滅していると解するのが相当であるから、事故が車輛相互間で発生した場合には、本条の報告義務を負う「当該車輛等の運転者」とは、それぞれの車輛の運転者であっていずれに責任があるかは問わないと解するのが右に判示した本条の趣旨ならびに文理にも合する所以である。ところで、本件においては、前判示のように追突された角田一夫が被告人の目の前で事故発生について警察官に報告しているのであり、右角田もまた、本条の当該車輛の運転者と解されるのであるから、被告人が報告すべき義務は既に消滅しているというべきであって、結局本件公訴事実中報告義務違反の点は犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法三三六条により被告人に対し右の点については無罪の言渡をする。

以上の理由によって主文のとおり判決する。

(裁判官 三橋弘)

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